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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)260号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立て

一  原告

1  被告が昭和五九年一〇月二日付で原告に対し行った裁決はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二  主張

一  請求原因

1(一)  原告は、札幌弁護士会に所属する弁護士であるが、被告は、原告(審査請求人)にかかる昭和五三年懲(審)第二号審査請求事件について、昭和五九年一〇月二日、懲戒委員会の議決にもとづき、次のとおりの裁決(以下「本件処分」という。)をした。

主文

札幌弁護士会が昭和五三年一〇月六日付でなした審査請求人に対する懲役処分を次のとおり変更する。

審査請求に対し、六か月間弁護士の業務を停止する。

本件処分は、そのころ原告に到達した書面により、原告に対して通知された。

(二)  右処分の理由は、後記の事実を認定したうえ、原告の後記各所為が弁護士法(以下「法」という。)五六条一項にいう弁護士の品位を失うべき非行に該当するとするものである。

原告は、昭和四一年四月に札幌弁護士会に入会し、引き続きその会員であるところ、

(1) 乙山花子(以下「乙山」という。)から依頼を受けた事件の処理に関し、事件の相手方たる丙田二郎(以下「二郎」という。)に対して昭和四八年一月三〇日付内容証明郵便をもって金三〇〇〇万円の慰藉料請求をなしたが、二郎からはかばかしい回答を得なかったため、

ア 二郎にあてて昭和四九年一月八日付内容証明郵便をもって、「再度慰藉料請求の件」なる表題のもとに、

「当方乙山花子の代理人として再度慰藉料の請求を行う。去る昭和四八年一〇月三〇日貴殿に対し、慰藉料を請求したが、現在に至る迄何等の回答がなされていない。

従って貴殿の意思並びに行為を確定的に知りたいので再度左記の点に関し質問する。

質問一、 貴殿と乙山花子との間に肉体関係があったと聞いて、その旨知らせたにも拘らず、それにつき貴殿は現在沈黙しているが、貴殿の名誉にかかわる問題なのに真実でないなら何故強く否定しないのか?沈黙しているのは認めたことになるのか。

質問二、 慰藉料その他何らかの名目であれ、貴殿は乙山花子に対し幾らかでも金銭を支払う意思があるのかどうか、あるとすれば最大限幾らなのか、貴殿が花子をタダ同然で約一五年間も従業員として使った上に肉体の提供を受けた対価としての金額を考慮に入れて回答されたい。

貴殿の如きハレンチな奴でもこんなうす汚い事件はなるべく公にならないように処理してやろうと思って、こちらは配慮している積りである。来る一月一五日迄に、当代理人宛に右の点に関し、書面による誠意ある回答か、又は前もって連絡の上、当事務所まで御足労願いたい。」なる文面の書面を郵送し、

イ さらに、その後、二郎にあてて昭和四九年二月六日付内容証明郵便をもって、「最後通告状」なる表題のもとに、

「貴殿に書類で二度も請求し、電話でも奥方に対し連絡したにも拘らず何の回答もないので最後通告をする。

貴殿が来る二月一五日迄に当代理人宛に、とりあえず美容室開業資金、金五百万円を持参して来訪しなければ、貴殿が乙山花子に対し如何なるハレンチな行為を行ったかを貴殿の息子及び娘や、その嫁、婿並びにその実家に知らせ、彼らの説得で貴殿が罪のつぐないをする様に手紙を出すので警告する。

貴殿の娘Dが貴様みたいな強欲じじいに身体を犯され子供も生めなくなったら親としてどんなに悲しい思いをするか考えても見られたい。」なる文面の書面を郵送した。

(2) さらに、前記二月六日付け郵便に対し二郎から回答を得なかったことによって、二郎の

長男 A

長男の妻 B

次男 C

次女 D

姉 E

Eの夫 F

妹Gの夫 H

妹 I

Iの夫 J

長女 K

Kの夫 L

Lの父 M

Bの父 N

に対し、昭和四九年二月二六日付配達証明郵便をもって「丙田二郎に対する慰藉料請求の件について」なる表題のもとに、「当方、乙山花子の代理人として」「丙田二郎が花子に行った不法行為の慰藉料請求事件を、公にする前に解決するように努力して来たが、二郎が全く誠意がみられないので公にすることも止むを得ないと考えているところです。

しかし、そうなるとあなたの社会的評価も害されることとなるので、あなたからも二郎に対し、とりあえず花子の美容室開業資金、金五百万円を持参して当事務所に出頭するように説得して下さい。

(とりあえず美容室開業資金を必要とするのは、花子の身体が二郎によってむしばまれたために結婚もできず労働時間を自由にできる美容室を自分で営業するより生活の途がないからです)

もし、三月五日までに二郎が来ない場合は二郎は当然としてあなたに対する社会的評価も失われるような結果が生じることになるので警告いたします。

なお、二郎に対し、公にする前に解決するために送付した内容証明は別便のとおりです。」

なる文面の書面並びに別便で前記一〇月三〇日付郵便、一月八日付郵便、二月六日付郵便の各写しをそれぞれあてに一括郵送したものである。

2  しかしながら、本件処分は、次のとおり、その手紙及び実体上の判断において違法なものというべきである。

(一) 本件処分の手続の違法性

(1) (弁護士会の強制加入制度の違憲性)

弁護士会への強制加入制度は、結果的には会員相互間の友好関係を強制し、その結果、会員相互間の馴れ合いによる事件の解決を招きやすくするものであり、法八条、九条、三六条は、憲法一八条、一九条に違反し、かつ、二二条の「職業選択の自由」に違反する。

(2) (原委員会の審査手続上の瑕疵についての判断の誤り)

法第八章「懲戒」、第九章「懲戒委員会及び綱紀委員会」に規定する条項のうち、六七条に規定する懲戒委員会の審査手続きに関しては憲法三一条で保障する適正手続条項が適用されるべきである。

なぜなら我が国では、弁護士会は強制加入制度であり(法八条)、その組織の懲戒処分は他の任意加入の職業団体の懲戒処分と質的に異なるからであり、強制加入組織における(特に行政組織的権力構造を有する各単位弁護士会及び日本弁護士連合会における)懲戒処分は、憲法三一条に規定する「その他の刑罰」に該当し、適正手続条項が適用されるべきである。

したがって、札幌弁護士会(以下「原弁護士会」という。)の懲戒委員会(以下「原委員会」という。)が行った、あるいは行わなかった左記の行為は憲法三一条に違反する。

① 二郎に対する被審査人及び弁護人の反対尋問権の強制的剥奪。

ア 懲戒請求人二郎は、審査期日に出頭して弁護士会の調査又は原告の尋問に答える義務がある。

しかるに、二郎は原委員会からの出頭の要請にもかかわらず正当な理由なく審査期日に出頭せず、原委員会は、二郎の出頭を確保する手段がないため、同人に対する反対尋問を打ち切った。

イ 被告は、原委員会が二郎に対する反対尋問を打ち切ったと判断しているが、その事実は記録上全くない。

ウ 二郎に対する反対尋問の打切りと審査手続の終了とは全く関係なく行わなければならないにもかかわらず、原委員会は、二郎に対する反対尋問打ち切り、即、審査手続終結とした。

② 審査手続の公開決定を一方的に理由なく取り消したこと。あるいはその取消決定が行われないにもかかわらず公開しなかったこと。

吉原正八郎が委員長になってからの原委員会は、それまでの「公開審査」を一方的に「非公開審査」とし、更に「直接主義」、「口頭主義」を採用することなく「書面審理」とし、いつ、誰が何名出席して、どのような審理を行ったか一切明らかにせず「秘密裡」に行った。

③丙田松子(以下「松子」という。)に対する尋問決定を一方的に理由なく取り消したこと、あるいはその取消決定が行われないにもかかわらず、松子を尋問しなかったこと。

ア 原告は、昭和五三年一月二四日付で懲戒請求人松子に対する尋問要請書及び尋問事項を原委員会に提出した。

イ 懲戒請求人松子は、審査期日に出頭して弁護士会の審査又は原告の尋問に答える義務がある。

しかるに、松子は、原告の尋問要請を採用した原委員会からの出頭の要請にもかかわらず正当な理由なく審査期日に出頭しなかった。

ウ 矢吹委員長が決定した松子に陳述を求める旨の決定を、吉原委員長になってからの原委員会が取り消す決定手続を行ったか否か全く不明であり記録上も明らかでない。

エ 仮に右松子に陳述を求める旨の決定が取り消されたとすれば、その取消決定には何らの理由も付されなかったものである。

④ 審査手続の公開決定の取消決定及び懲戒請求人松子に陳述を求める旨の決定の取消決定が仮になされたとすれば原告又は弁護人に対しその旨通知しなかったこと。

⑤ 参考人乙山を尋問することに決定しておきながら、その決定を取り消さずに尋問しなかったこと。あるいは、理由もなく取り消して、かつ、その旨被審査人及び弁護人に対し通知しなかったこと。

乙山に対する尋問を行う旨の決定を行いながらそれを取り消すことなく尋問を行わなかった点は、結論を左右するほどに重要な手続の瑕疵があったものというべきである。このことは、被告の懲戒委員会の結論について退会命令から業務停止六か月となった最大の根拠(理由)が、乙山を直接取り調べた結果にもとづくのであることから明白である。

⑥ 弁護士法六七条二項の規定及び札幌弁護士会懲戒規程八条に違反し、被審査人に対し十分な陳述の機会を与えなかったこと。

弁護士法六七条二項及び原弁護士会懲戒規程八条は、単なる恩恵的なもの、あるいは反射的利益ではなく、被審査人の権利である。そして、その権利には、ただし書又は例外規定がない。被審査人の陳述の権利は絶対的なものである。本人が陳述を希望している、又は明らかに拒否していないと思われる場合には、陳述する権利を一方的に剥奪できないと解すべきである。

仮に例外が許されるとして、その権利を一方的に剥奪できるのはどのような場合かについては、厳格な基準にもとづく合理的根拠が必要である。

⑦ 吉原正八郎を委員長とする懲戒委員の氏名通知を、被審査人及び弁護人に対して行わなかったこと。したがって、藤井委員に対する忌避申立の機会を与えず、不意打ち的に審査終了の結論を出したこと。

手続が適正に行われるということは、当然引き続き審査期日が公開で行われるということであり、それに伴って懲戒委員の氏名も判明し、不公正な審理が行われるおそれのある懲戒委員に対し、忌避申立ての機会も与えられる手続のことである。仮に公開で行われないなら、懲戒委員の氏名を通知すべきであった。

⑧ その他、原弁護士会の懲戒委員(及び予備委員)の選任について弁護士法の規定に違反して、総会の決議によらず弁護士推薦委員会に付託して行われ、同委員会で選任された委員が総会により選任されたとみなす方式によっており、又第三回懲戒委員会まで、綱紀委員として原告に対する懲戒事件に関与した水原委員が関与し(その後回避)ており、更に懲戒委員長に就任していた吉原委員はタイピスト学校の経営に追われ、実質的に弁護士を廃業してその資格を失っていたといえる。

以上のとおり、原弁護士会における懲戒手続が、憲法三一条に違反し、かつ、弁護士法六七条二項に違反するにもかかわらず、すべて違法ではない旨の決定を被告が行ったことは憲法の解釈を誤った違法性を有する。

さらに、原弁護士会の原委員会が審理を行うについて、訴追手続のほうが、糾問手続よりも、より合理性があり、かつ、真実を発見する方法として、より優れてベターであるから、当然訴追手続によるべきであるにもかかわらず、糾問手続による審理(それも書面審理を主として)を行った点について、被告の懲戒委員会がその違憲性(憲法三一条違反)を不問に付し、合法性を認めたのは憲法三一条に違反する。

(3) (被告懲戒委員会の審査手続上の瑕疵)

① 被告が原告に対する懲戒処分手続を行うに際し、被告の懲戒委員会が、訴追手続によらずして、糾問手続によって審理を行ったのは憲法三一条に違反する。

② 被告が原弁護士会の処分である「退会命令」を本件処分において「六か月の業務停止」に変更した理由を明確にしなかったのは違法である。

原弁護士会の懲戒手続が適正に行われていれば、「退会命令」という馬鹿げた不条理な処分が出るはずはなかったのである。被告は、原弁護士会の「顔を立てて」、言い換えれば「引きずられて」六か月の業務停止にしなければならなかったのである。原処分が、三か月ほどの業務停止であれば、本件のような六か月の業務停止の処分が出るはずはないのである。

したがって、「退会命令」を、「六か月の業務停止」にした実質的な理由を、被告は述べるべきであるにもかかわらず、これを怠った点において違法性を有する。

③ 被告の原告に対する懲戒処分の理由にそれを裏付ける証拠の摘示がないのは違法である。

被告の懲戒委員会が作成した議決書中には、証拠にもとづかないで認定された事実が存在する。例えば、同議決書第三、二(一)2ホには、「また本件において、前記により改選された委員によって構成された原委員会は、昭和五三年六月五日より同年八月三一日まで間に合計四回の期日を開き、」との記載があるが、原委員会が合計四回の期日を開いた事実は、全くの虚偽である疑いがあり、何の証拠の裏付けもなく認定されており、原告には到底納得できない。

④ 被告が原弁護士会から送られてきた虚偽内容の文書・記録等を考慮に入れて、原告を六か月の業務停止の処分にしたのは、違法性を有する。

その例として、丁川三郎なる者が原弁護士会に対し昭和五九年五月九日付で原告について懲戒を請求した書面が、原弁護士会から被告に対し送られているはずである。しかしながら、右書面の内容は全く虚偽・架空の事実であり、丁川三郎が原告になった事件で敗訴の形勢が濃厚なため、その訴訟を有利に進めるために被告戊野和美の代理人たる甲野一郎弁護士について懲戒を請求したのである(ちなみに右訴訟は丁川三郎の敗訴となったのである。)。

(二) 本件処分の実体上の判断の違法性

(1) (懲戒事由の不存在)

原告について請求原因1(二)記載の各所為があったことは認めるが、原告には懲戒に該当する事由がない。

① 被告の懲戒委員会の議決書(第三、二(二)1イ参照)で原告の二郎に対する所為が同人に対する恐喝的行為に該当すると認定している点は、以下の理由で誤りである。

ア 右と同じ事由に関し、二郎は札幌地方検察庁に対し告訴を行い札幌地検は捜査を開始したが不起訴処分を行った。

イ 仮に起訴されたとしても、最悪の場合でも「恐喝未遂」にすぎず財産上の損害は具体的に発生していない。

ウ また仮に「恐喝罪の未遂」に該当すると認定される場合でも、一般人ならば、当然畏怖したであろうとは考えられるが、競売ブローカーとして裁判所によく出入りし、借家人に対し強硬な内容証明郵便を出し、自分の意思が通らなければ訴訟を提起し、さらには乙山四郎という人物を顧問弁護士に使い、脱税のためには一〇年間に約一三回も住民票上の住所を変え、その他さまざまな経験をしてきた二郎にとっては、長い間情交関係にあった女性の依頼した弁護士から来たくらいの内容証明郵便の到着によって畏怖を感じることは全くない。

エ 更に言えば、原告の二郎に対する右所為は、「正当な権利行使」にもとづく場合であるから、恐喝罪は成立せず、仮に成立するとしても脅迫罪の構成要件に該当するに過ぎない。

② 二郎の親族らに対する原告の所為(前同ロ参照)が右親族らに対する強要的な行為に該当すると認定している点は以下の理由から誤りである。

すなわち、右文書を送付した目的は、そのような方法をとったほうが依頼者のために最良の方法と判断したからであり、それが犯罪を構成するような悪質な行為(二郎にとってはあるいは悪い行為かもしれないが)であるとの認識は原告には全くなかったのである。

二郎にとっては強要することにはなろうが、親族に対するある程度の「迷惑な行為」とはなっても、犯罪となる強要的な行為であるとの認識は、原告にはなかったのである。

また、強要罪の成立に関しては、なるほど形式的には同罪に該当するかもしれないが、単なる内容証明郵便を各一通ずつ送付した行為にすぎず、何度も面接して強要した行為ではない。

③ 審査請求人の言動それ自体をとらえてこれを弁護士としての品位を失うべき非行であるというかどうかは別としても、それが「所属弁護士会の信用を害した」ことはない。

大野正男、古賀正義ら五名の編集にかかる昭和五二年八月八日発行、別冊判例タイムズ三号「現代社会と弁護士」の中の「弁護士懲戒制度の現状と問題点」という項目の中で、筆者の第二東京弁護士会所属の泉博弁護士は、二一四頁の中の「二、懲戒の事由」の中で次のように述べている。

「……所属弁護士会の会則、秩序、信用を守ることは、団体の規律であり、団体が自己の構成員に対し目的遂行に必要な限度で統制を行うことは当然である。

ただ弁護士会は強制加入の団体であるので(法八条)、団体の本質的な目的にかかわりあいのない事柄については、懲戒事由となる会則違反、信用失墜などにはならない。……」

したがって、本件懲戒に相当するとされる事由の一事だけで「札幌弁護士会の信用を害した」ことにはならない。

④ 本件懲戒相当とされる事由が「弁護士としての品位を失うべき非行である」との被告の判断は、弁護士に対し一般の職業とは異なった特段の品位を要求することであるが、その品位を要求する法五六条は、「法の下の平等」を保障する憲法一四条の規定に違反して無効である。

(2) (本件処分の不当性)

仮に、原告の本件所為が懲戒事由に該当すると判断されるのが相当であるとした場合であっても、被告が行った業務停止六か月の処分は、その結果の発生と比較してあまりにも重すぎ、日弁連の他の事案と比較してあまりにも均衡を失し、その処分は、憲法一四条一項に規定する「法の下の平等」に違反する(原弁護士会の原懲戒処分は、派閥支配の手段として懲戒制度が利用されたものであって、「退会命令」という重い処分を出したこと自体、原委員会が、派閥形成(主流派たる一派並びに共産党一派に楯突く者の勢力を壊滅さす)の目的のための手段として行ったことが明白であるのに、本件処分はその重い処分内容に影響されたものである。)

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の各事実は認める。

2  同2の(一)について

(1)の原告の主張は争う。

(2)の原告の法律上の主張はすべて争う。

(2)①のアの事実中、原委員会が懲戒請求人二郎に対する原告主張の「反対尋問」未了のまま、昭和五三年八月三一日本件審査を終結したことは認める。その余の原告の主張は争う。

懲戒請求人二郎に対する尋問は、昭和五二年三月八日、同年六月九日、同年八月九日の三回にわたり行われたが、右懲戒請求人二郎は、右八月九日以降の審査期日において再三の出頭要請にもかかわらず審査期日に出頭して尋問されることを拒否した。

(2)①のイの事実に関し、原委員会が懲戒請求人二郎に対する原告主張の「反対尋問」未了のまま本件審査を終結したことを原告は前述のとおり主張しているのであり、その「反対尋問」が未了であることは記録上も明らかであるにもかかわらず原告がかかる主張をすること自体矛盾がある。

(2)①のウの事実中、原委員会が二郎に対する「反対尋問」打切り、即審査手続終結としたことは認めるが、その余の原告の法律上の主張は争う。

(2)②記載の事実は全部否認する。

原委員会は、昭和五〇年一二月三日付で原告から本件審査期日公開の請求がなされたため、同年一二月八日以降の審査期日はすべて公開された。

(2)③のアの事実は認める。

同イの事実中、松子が原委員会からの出頭要請にもかかわらず審査期日に出頭しなかったことは認めるが、その余の原告の主張は争う。

同ウ、エの事実に関して、原告主張の参考人、証人の採否の決定、同取消決定等の方式に関する定めは、原弁護士会にはない。

(2)④の事実中、審査手続の公開を取り消したとの事実は否認し、松子に対し陳述を求めない旨の通知をあらかじめ原告に通知しなかったことは認める。

(2)⑤の事実中、原委員会が乙山を尋問しなかったこと並びに被審査人及び弁護人に対し原告の主張に係る通知を行わなかったことを認め、その余は争う。

(2)⑥の事実は否認し、その余の原告の法律上の主張は争う。

(2)⑦の事実中、吉原正八郎を委員長とする懲戒委員の氏名通知を被審査人及び弁護人に対して行わなかったことを認め、その余は争う。

(2)⑧は争う。

(3)①の法律上の主張は争う。

(3)②の事実中、理由を明確にしなかったとの事実及び本件処分が原弁護士会の処分に影響されたとの事実は否認し、その余の原告の法律上の主張は争う。

被告が「退会命令」を「六か月の業務停止」に変更した理由は、議決書中に明示されており、これをもって違法とすることはできない。

(3)③の事実は全部否認し、原告の法律上の主張は全部争う。

なお、議決書中、原委員会が合計四回開いたとの部分における期日とは、いわゆる審査期日ではなく、原委員会の委員会開催期日である。

(3)④の事実中、冒頭部分記載の事実は、被告が原告を六か月の業務停止処分にした件を除き、全部否認する。原告主張の書面が被告に送付された事実はない。丁川三郎のした懲戒請求については不知。

3  同2の(二)について

(1)の①の冒頭に記載の原告の主張は争う。

同①のア、イの事実は不知。

同①のウの事実中、二郎が原告から内容証明郵便により畏怖を感じることは全くないとの点は争う。

同①のエの原告の法律上の主張は争う。

(1)の②の冒頭に記載の原告の主張は争う。

(1)の③記載の原告の主張は争う。

(1)の④記載の原告の法律上の主張は争う。

(2)の原告の法律上の主張は争う(カッコ内に記載の事実は、否認する。)。

業務停止六か月の懲戒処分は妥当なものであり、重すぎるものではなく、この点においても違法とすることはできない。

三  被告の主張

1  原弁護士会の原告に対する「退会命令」は、これを「業務停止六か月」に変更する被告の裁決により消滅した。

審査請求に理由があるとして、原処分をした弁護士会の懲戒処分を取消し又は変更すべき旨の裁決を被告がしたときの原処分と被告の裁決との関係であるが、原処分は即時に効力が生ずるものの、審査請求により未確定の状態にあるのであって、被告の右裁決による処分がなされたことにより、原処分は取り消され、被告の裁決による処分が適用されることになる。

このことは、地方公務員に対する懲戒免職処分は、これを懲戒停職一月に修正する市公平委員会の裁決により消滅したとした判例(神戸地判昭四八・九・二七、行裁集二四巻八・九号一〇三九頁)、国家公務員に対する懲戒免職処分は、これを懲戒停職一年に修正する人事院の裁決により消滅したとした判例(名古屋高判昭五二・六・二九、労民集二八巻三号二三二頁)等から明らかである。

2  しかるに、原告はその取消事由として原弁護士会における原委員会のなした審査手続に関する瑕疵を主張している。

しかし、原告の審査請求により、被告の懲戒委員会において更に事案の実体について適法公正な審査を遂げ、その議決にもとづいて被告は原弁護士会のした退会命令を取り消し、業務停止六か月の懲戒処分に変更しているのであるから、原弁護士会の懲戒委員会における審査手続上の瑕疵が仮に存在したとしても、これをもって被告のした本件懲戒処分を取り消すべき事由とすることはできない(同旨東京高判昭四二・八・七行裁集一八巻八・九号一一四五頁)。

四  被告の主張に対する反論

被告の主張にそって、原処分たる原弁護士会の「退会命令」の処分が仮に消滅したとしても、その手続の違法性は残るのであって、退会命令を決定するまでに至る経緯まで消滅するのではない。

「違法な手続きの経過」まで消滅するとすれば、札幌弁護士会が、どのような故意又は重大な過失を行っても「やり得」となり、どんなひどいことをしてもその行為が消滅するのであって、反対にその違法な手続きによってこうむった重大な損害が、いつまでも原告には残るのである。

原処分を決定した原弁護士会の違法な手続によってこうむった原告の損害賠償請求は別訴として札幌地方裁判所に請求しなければならないとするのは訴訟経済上も不都合である。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告が主張する本件処分の手続上の違法事由の有無について判断する。

1  弁護士会の強制加入制度の憲法適合性について

原告は、弁護士会への強制加入制度(法八条、九条及び三六条)は、憲法一八条、一九条及び二二条に違反する旨主張する。

ところで、法は、弁護士についていわゆる強制加入制をとり、弁護士となるには、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録されなければならず、入会しようとする弁護士会を経て、日本弁護士会連合会に登録の請求をしなければならないこととされ(法八条、九条)、その業務をやめようとするときは、所属弁護士会を経て、日本弁護士連合会に登録取消しの請求をしなければならないこととされている(法一一条)ところ、このような強制加入制は、法が、弁護士の職務の公共性からその適正な運用を確保するという公共の福祉の要請にもとづき、弁護士に対して弁護士会と日本弁護士連合会への二重の強制加入制を採用しその監督を通じて弁護士自治の徹底を期し、その職務の独立性を確保することとしたものであって、憲法二二条一項の保障する職業選択の自由も無制限のものではなく、右のような公共の福祉に制約されるものであるから、弁護士会の強制加入制が憲法二二条に違反するということはできず、原告の同条違反の主張は理由がない。

さらに、原告は弁護士会の強制加入制が奴隷的拘束及び苦役を禁じた憲法一八条及び思想良心の自由を保障した同法一九条に違反する旨主張するが、弁護士会への強制加入制が奴隷的拘束又は苦役に当たるとは到底いえないし、そのことによって弁護士個人の思想・良心の自由が侵害されるということもできないのであるから、原告の憲法の右各条違反の主張はいずれも理由がない。

以上のとおり、弁護士会への強制加入制が憲法に違反する旨の原告の主張はいずれも失当というべきである。

2  原委員会の審査手続上の瑕疵についての判断の誤りについて

(一)原告は、弁護士会は強制加入制を前提とする組織であり、そのような組織の懲戒処分は憲法三一条に規定する「その他の刑罰」に該当し、右懲戒処分を決定する懲戒委員会の審査手続には同条の適正手続条項が適用されるべきところ、原委員会の審査手続には、請求原因2(一)(2)①ないし⑦及び⑧のとおり、同条に違反した瑕疵があるにもかかわらず、被告懲戒委員会がこれをいずれも違法でないと判断したことは違法である旨主張する。

ところで、弁護士会の懲戒処分は、弁護士にとって刑罰にも比すべき重大なものではあるが、弁護士法の定めるところにより、弁護士の使命および職務の特殊性にかんがみ、弁護士会に与えられた公の権能の行使として当該弁護士会が自主的に行うものであって、その性質は、広い意味での行政処分としての懲戒罰であると解すべきである。これに対し、憲法三一条に規定する「その他の刑罰」は、生命・自由を奪う刑罰としての死刑・自由刑以外の刑罰ないしこれに類する制裁であると解されるのであるから、同条にいう「その他の刑罰」には特殊な身分関係に伴う制裁である弁護士会の懲戒処分は当然には含まれないものと解するのが相当である。

そして、原告の前記主張は、原委員会の審査手続、特にその証拠調べの手続の違法をいうものであると解されるところ、原委員会における審査の手続については、法六七条二項が、「審査を受ける弁護士は、審査期日に出頭し、且つ、陳述することができる。」旨を規定しているが、右委員会における証拠調べの手続、すなわち証拠の採否、証拠調べの範囲・方法等については法に何らの規定がなく、これらの手続を含む右委員会における審査の手続については、法に規定するほか、すべて右委員会の裁量による判断に委ねられているものと解すべきである。

もっとも、前述のとおり、懲戒処分は弁護士の身分、職務の遂行に重大な影響を及ぼすものであるから、その審理、判断に特に公正さが要求され、その審査手続は慎重に、かつ、公平に行われなければならないことはいうまでもないところであって、右委員会の裁量による審査手続の運用において法又は当該弁護士会の規則に違反するところがあり、その違反が重大で懲戒処分の決定に影響を及ぼすことが明らかな場合には、右審査手続は違法なものというべきであって、右手続にもとづいてされた当該懲戒処分自体も違法なものとして取消しを免れないものというべきである。

そこで、原委員会の審査手続上の瑕疵の違法性について検討する。

原委員会が、二郎の出頭拒否のため同人に対する原告側の尋問未了のままその尋問を打ち切り審査を終結したこと、原告が昭和五三年一月二四日尋問の請求をしていた松子の尋問について同人の出頭拒否のためその尋問をしないこととしてその旨を原告に通知しなかったこと、乙山の尋問をしないこととしてその旨を原告に通知しなかったこと、原委員会が昭和五三年五月ころ改選された吉原委員長等懲戒委員の氏名を原告に通知しなかったことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、原委員会の審査手続の運用について次の事実が認められる。

(1) 原弁護士会は、同会綱紀委員会の「弁護士甲野一郎を懲戒に付するを相当と認める。」との決定・報告(昭和四九年一二月二三日付)にもとづき、昭和四九年一二月二三日、原委員会に対して本件の懲戒審査請求をし、原委員会はこれを受けて審査を開始した。

ところが、原告及びその弁護人らは、右綱紀委員会の決定が不公正になされたとしてこれを不服とし、原委員会の審査手続については公正になされるべきこと、殊に自己の防禦権を保障するために準刑事訴訟として厳格に行われることを要求した。そして、原告から昭和五〇年一二月三日審査期日公開の請求がなされたため、以後の審査期日は公開のうえ開催されることとなった。

(2) 昭和五一年二月一三日の審査期日には、原告側から冒頭意見が提出されて今後の審理の進め方が問題となり、原告側は特に証拠調べの方法等について刑事訴訟に準じた手続で審理をするよう強硬に要求した。

同年一一月一九日の審査期日には、委員会側から懲戒委員会の審査は内部審査であるから原告側主張のような訴訟類似の手続構造をとることはできないとしたうえ、その運用において例えば証人に対する反対尋問等は許容する旨明らかにされたが、原告側はこれに必ずしも承服しなかった。

同年一二月一六日の審査期日には、二郎の尋問が予定されていたが、前回同様の問題が蒸し返されて、右尋問は次回に延期された。

(3) 昭和五二年三月八日、同年六月九日、同年八月九日の各審査期日はいずれも二郎の尋問が行われ、更に尋問続行とされたが、懲戒委員の尋問は同年三月八日の審査期日の冒頭に行われたのみで、その大部分は原告の反対尋問に費やされ、その尋問は執拗で微細にわたり、二郎本人の人格の非難・無視に及ぶこともしばしばであった。

(4) 同年一〇月一一日、同年一二月一五日、昭和五三年二月一五日の各審査期日には、尋問を予定されていた二郎、松子の両名(松子については、昭和五二年一二月一五日の審査期日以降)が出頭せず、出頭しない意向を明らかにしたため、今後の原委員会の対応方についての応答がなされたにとどまった。

その後、昭和五三年四月五日、原弁護士会理事者室において、原委員会の、参考人二郎、松子両名に対する出頭の勧告並びに事情聴取が行われたが、右両名は、いずれも懲戒申立てを取り下げる考えはない旨を明らかにしたうえ、出頭を拒否する理由については、二郎は、原告の尋問の際の言葉がまことに粗野で刺激的であり外に他意があるのではないかと思う旨、松子は、心臓が悪いので原告の強烈な刺激性のある尋問には耐えられない旨をそれぞれ述べた。

(5) 原委員会は、同年五月ころ改選されて委員長以下全員が交代した。

改選された吉原正八郎を委員長とする原委員会は、二郎の反対尋問未了のままその尋問を打ち切り(この事実は当事者間に争いがない。)、原告が昭和五三年一月二四日付で尋問を請求していた松子に対する尋問をしないこととし(前同。)、原告が昭和五二年三月八日付書面で取調べを請求していた乙山を含む証人全員の尋問をしないこととし(乙山について前同。)、昭和五三年八月三一日、その審査手続を終結するとともに、「弁護士甲野一郎に対し、本弁護士会から退会を命ずる。」旨の議決をし、これを受けて原弁護士会は、原処分の言渡期日を同年九月二八日と原告に通知した(原委員会は、松子及び乙山を尋問しない旨を原告に通知しなかった。この事実は当事者間に争いがない。)。

(6) 原告は原委員会に対し、同年九月二七日、審理の再開を申し立て、かつ、原弁護士会に処分の言渡の延期を申し入れ、原弁護士会は、同年九月二八日、言渡期日を取り消し追って指定とする旨、原委員会は、同年一〇月二日、事件が終了したことを確認する旨それぞれ原告に通知した。

そして、原弁護士会は原告に対し、同年一〇月六日、原弁護士会から退会を命ずる旨の原処分を言渡した。

(7) 改選された原委員会の懲戒委員会である藤井正章は、原告ほか一名を被告とする札幌地方裁判所昭和五一年(ワ)第三〇三号貸金請求事件の原告側訴訟代理人であったが、原議決に関与した。

なお、改選された懲戒委員の氏名は原委員会から原告に対して通知されなかった(この事実は当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

右認定事実を前提として原告の主張する原委員会の審査手続上の瑕疵(請求原因二2(一)(2)①ないし⑦)について個別に検討することとする(なお⑧については後記認定説示のとおり。)。

まず、原委員会が二郎に対する反対尋問未了のままその尋問を打ち切ったこと(請求原因二2(一)(2)①)、松子に対する尋問をしないこととし、その旨を原因に通知しなかったこと(同③、④)、乙山に対する尋問をしないこととしたこと(同⑤)はいずれも当事者間に争いがなく、原告はその措置の違法性を主張するが、前記のとおり、証拠の採否およびその取捨の範囲如何については原委員会の裁量に委ねられているというべきであるから、審査の進捗状況、提出された資料の範囲、右資料にもとづく疎明の程度に照らしその採否(又は続行の当否)を決定した原委員会の措置に違法はないというべきである。

次に、原委員会が原告に対し最終陳述の機会を与えなかったことは前認定のとおりであり、この点につき原告は原委員会の右措置は法六七条二項等に定める被審査人の絶対的な権利を剥奪するものであると主張する(同⑥)。

確かに法六七条二項は、「審査を受ける弁護士は審査期日に出頭し、且つ、陳述することができる。但し、委員長の指揮に従わなければならない。」と定め、当時の札幌弁護士会懲戒委員会規程八条は、「審査を受ける弁護士は、審査期日に弁護人とともに出頭し、又は弁護人のみを出頭させて、陳述することができる。」と定めているけれども、その趣旨は、審査を受ける弁護士に対し審査期日において弁明ないしは意見を述べる機会を与えることにあるものと解され、原告が主張するような絶対的な陳述の権利を付与したと解すべきではないところ、前掲各証拠によれば、原告及びその弁護人らは度重なる審査期日においてその発言の機会を与えられ、随時本件審査請求についての自己の意見を陳述していることが認められるのであるから、原委員会が原告およびその弁護人らに対し審査期日においてあらためて最終意見陳述の機会を与えなかったからといって、その措置が違法であるということはできない。

さらに、原委員会が審査期日を公開したことは前認定のとおりであるが、これを取り消したとの事実は本件全証拠によっても認められず、この点に関する原告の主張(同②、④)は理由がない(ちなみに、原告の主張は、改選後の原委員会の審査手続の非公開の措置の違法をいうかのようであるが、後記3(三)において認定するとおり、改選後の原委員会においては審査期日は開かれず、合議体の評議のための期日のみが開かれたものであって、後者の期日は、その性質上、非公開審査とされるべきものであるから、いずれにしても原告の主張は理由がない。)。

最後に、改選後の原委員会の藤井懲戒委員が、審査当時原告を相手方当事者とする訴訟を代理人として追行していたにもかかわらず原議決に関与したことは前認定のとおりであり、原委員会が右改選後の懲戒委員の氏名を原告に通知していないことは当事者に争いのないところ、原告はこの点について藤井委員に対する忌避申立ての機会が与えられなかった違法があると主張する(同⑦)。

ところで、右のような懲戒委員が原議決に関与することは審査の公正を害するおそれがあるものと認められ、原告は、当時の札幌弁護士会懲戒委員会規程三条一項により忌避の申立てをすることができたものというべきであるが、原委員会の委員が昭和五三年五月ころ原弁護士会の総会で改選されたことは弁護士会の所属弁護士にとっていわば公知の事実に属し、その委員の氏名についても重大な感心を有する原告にとっては容易に知ることが期待されたこと等原弁護士会内部の事情を考慮すると、原委員会から右改選後の懲戒委員の氏名の通知がされず、たまたま原告が忌避申立ての機会を逸したことをもって、実質的に原告にその機会を与えなかった違法があるということはできない。

なお、藤井委員が原議決に関与したことは、審理の公正を疑われるおそれがあり、同委員は、その思料するところにしたがい、当時の札幌弁護士会懲戒委員会規程四条により回避することもできたものというべきであって、同委員が回避することなく原議決に関与したことは審理の公正を確保するうえで望ましくないものといえるが、更に同委員を当然に除斥すべき旨の定めは同規程に存在しない。そうすると、同規程は、同委員の議決への関与を積極的に排除することまでは求めていないものといわざるをえず、同委員が原議決に関与することは前述のとおり望ましくないとしても、そのことが直ちに同規程に違反し、違法であるとまではいえないものである。

なお、その他原告が前記⑧において主張する事由については、その事実が認められるとしても、それにつき問題がないとはいいきれないものの、いずれにも実質的にみて原委員会の審査手続に違法があったと認めるに足りるものとはいえず、これを肯定するに足る資料もない。

以上検討したとおり、原告の主張する原委員会の審査手続の瑕疵はいずれも違法であるということはできないものであるから、これと同旨の被告懲戒委員会の判断は正当であって、その手続上の判断に憲法並びに法解釈を誤った違法性があるということはできない。

したがって、原告の前記主張は、いずれもこれを採用することができない。

ちなみに、前記のとおり、原告は原委員会の審査手続の瑕疵を違法でないとした被告懲戒委員会の判断の違法をいうものであるが、仮に原委員会の審査手続に瑕疵があり、それが原処分を取り消さなければならないほどの違法なものであったとしても、本件においては、被告懲戒委員会は、後記認定のとおり、更に事案の実体につき適法公正な審査を遂げ、被告はその議決にもとづき、原弁護士会のした退会命令の原処分を重きに失するものとして取り消し、六か月の業務停止の本件処分に変更しているのであるから、本件処分により原処分は消滅したものというべく、他に特段の事情のない限り、原委員会の審査手続の違法な瑕疵は、これをもって本件処分を取り消すべき事由とすることはできないものというべきである。

(二)  さらに、原告は、原委員会が訴追手続による審理をすべきにもかかわらず糾問手続による審理をした点においてその審理手続は違法であるのに、被告懲戒委員会がその合法性を認めたのは憲法三一条に違反する旨主張する。

原告の使用する糾問手続、訴追手続の用語については必ずしもその意義が一義的に明確でないけれども、その弁論の全趣旨によれば、糾問手続とは処分者と被処分者との二面関係のみの著しく職権的な手続構造をいい、訴追手続とは処分者、訴追者及び被処分者の三面関係を有し、当事者の対立抗争のなかで真実を発見する手続構造をいうものと認められるところ、前記(一)において述べたとおり、弁護士会の懲戒委員会の審査手続は法六七条二項に規程するほかは何らの規程がない。これらの手続はすべて懲戒委員会の判断に委ねられているものであって、法律上、刑事訴訟に準じた対審構造を有する弾劾主義的手続を採用することまでは求められていないのであるから、原委員会がいわゆる訴追手続による審理方式を採用しなかったことは前記(一)において認定したとおりであるとしても、これをもって違法とすることはできず、特にこれを不当とすべき事情も見当たらないから同旨の被告懲戒委員会の判断は正当として是認することができ、右判断が憲法三一条に違反するということもできない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

3  被告懲戒委員会の審査手続上の瑕疵について

(一)  原告は、被告の懲戒委員会が訴追手続によらず糾問手続によって審理をしたのは、憲法三一条に違反する旨主張する。

〈証拠〉によれば、被告懲戒委員会は、いわゆる訴追手続による審理方式を採用することなく、原告に対し釈明の書面並びに審査請求理由書等を提出させ、昭和五八年八月五日、同年九月二二日、昭和五九年三月五日の合計三回の審査期日を開き、審査請求人である原告、審査請求人の申立てにかかる参考人乙山、同庚谷五郎を審尋しその陳述を聴取したほか、審査請求人代理人の陳述を聴取するなどして審査請求人に弁明の機会を与えてその審理を遂げたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そして、前記2(二)の原弁護士会の懲戒委員会の審査手続について述べたことは、被告の懲戒委員会の審査手続についても同様に妥当するものであって、被告懲戒委員会がいわゆる訴追手続による審理方式を採用しなかったとしても、これをもって憲法三一条に違反するということはできない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

(二)  次に、原告は、被告が原弁護士会の処分である「退会命令」を本件処分において「六か月の業務停止」に変更した理由を明確にしなかったのは違法である旨主張する。

しかしながら、〈証拠〉によれば、本件議決書中において、被告懲戒委員会は、原告に対する退会命令という原処分は過重であると指摘したうえ、原委員会とは独立して独自の見地から、本件懲戒事由の性質、動機及びその背景事情及びその非行性の程度に照らし、かつ、原告が税関検閲違憲訴訟、種痘禍訴訟、炭黄事故訴訟等数多くの社会的事件を処理してきた業績を有する弁護士であること、原告が当時は家庭問題を抱えていて精神的にも苦境にあったためにそのことが事件処理にも影響したこと、原告は本件懲戒事由に当たる行為についても反省の意を表しており、本件の関連訴訟においても和解が成立し円満に解決したこと等の原告に有利な諸情状を考慮し、諸般の事情を勘案して、原告につき「六か月の業務停止」の処分としたことがうかがわれるのであって、被告がその処分を決定した理由は右議決書中に明らかであるから、これを明示しなかったとの原告の主張は採用することができない。

(三)  さらに、原告は、本件議決書において認定された、改選された委員によって構成された原委員会が合計四回の期日を開いたとの事実については、何らの証拠の裏付けもない旨主張する。

ところで、〈証拠〉によれば、右認定の期日は、原告の出席のもとに開かれるいわゆる審査期日ではなく、原委員会が合議体でする裁決の評議に相当する審査をするために開催された期日の趣旨であると認められるところ、〈証拠〉によれば、昭和六二年二月一六日の原弁護士会からの被告に対する回答によって、改選後の原委員会は昭和五三年六月五日、同年七月五日、同年七月三一日、同年八月三一日の合計四回開催されたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところが、右事実は、原弁護士会から被告懲戒委員会にその審査当時提出された資料によっては必ずしも明らかでなくこれを認定することができないものであるから、被告懲戒委員会は、証拠にもとづかずに右事実を認定したものといわざるをえない。

しかしながら、被告懲戒委員会の議決書に右のように証拠にもとづかずに認定された事実があるとしても、右事実は原委員会が実質審査を尽くしたことを認定するための一つの事情に当たるものにすぎず、そのことが直ちに本件処分全体を違法として取り消すべき事由に当たるということはできないし、前記のとおり当裁判所に提出された証拠によって右事実を認定することができるのであるから、結局、原告の右主張は採用することができない。

(四)  最後に、原告は被告丁川三郎の原告についての懲戒請求の書面の内容を考慮して本件処分を決定したのは違法である旨主張する。

〈証拠〉によれば、昭和五九年五月九日、丁川三郎から原弁護士会に対し原告について懲戒の申立てがされたこと、原弁護士会はその綱紀委員会において調査を行い審議の結果、申立て自体において懲戒理由に該当しないことを理由に右申立てについて懲戒不相当の議決がされたこと、右結果は昭和六〇年六月一五日付書面により原告に通知されたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そして、丁川三郎から原告についての右懲戒申立てがあり、その調査が行われたのは、被告懲戒委員会が本件の審査中であったことが明らかであるが、その当時、原弁護士会から被告懲戒委員会に対して右懲戒申立てについての資料の送付があったことの事実は本件全証拠によっても、これを認めることができない。

してみると、被告懲戒委員会が右懲戒請求の書面を考慮して本件処分を決定した事実もなきに帰し、原告のこの点に関する主張は理由がない。

三  次に、原告が主張する本件処分の実体上の判断における違法事由の有無について判断する。

1  原告に対する懲戒の事由について

(一)  請求原因1(二)記載の原告の各所為については、前記一のとおり、当事者間に争いがないところ、原告は、原告の右各所為が法五六条一項所定の懲戒事由である弁護士の品位を失うべき非行に当たらないと主張するので検討する。

(二)  そして、原告の右各所為に至るまでの経緯・経過については、右争いのない事実に〈証拠〉を総合して次の事実を認めることができる。

(1) 二郎は、借家業を営んでいたほか、個人の妻である松子とともに札幌市〈住所省略〉において美容院を経営していた。

中学校を卒業したばかりの乙山は、昭和三二年四月、同美容院に美容見習生として就職し住み込むこととなった。

丙田夫婦は、同年一〇月、同人を札幌市北海道高等理容美容学校に入学させて、昭和三五年一〇月には美容師の免許を取得させるとともに、その後は同人を同美容院において美容師として働かせてきた。

(2) ところが、昭和三八年一一月ころ、二郎と乙山との間に肉体関係を生じ、その後約一〇年近くにわたってこの関係が継続した(このため乙山は妊娠中絶手術を三回受け、腰痛等の持病を有することとなった。)。

(3) 乙山は、二郎との度重なる性的交渉を通じ、二郎が自己と結婚し、あるいは美容院の経営をいずれは委ねてくれるものと期待するようになったが、二郎の言動等から同人の誠意に次第に疑いをもつようになり、ついに二郎と別れることを決め、昭和四八年三月、松子にこれまでの二郎との関係を打ち明けた。

そのため、今後の美容院の経営について丙田夫婦と乙山との間において紛議が生じたが、結局、昭和四八年四月一日、丙田夫婦が乙山との間で右美容院につき賃料一か月金一万五〇〇〇円、賃借期限を三年後の昭和五一年三月三一日とする賃貸借契約を締結し、乙山が賃借人として右美容院の営業を継続することとして一応の結着をみた(なお、右賃貸借契約の付加的合意として、乙山は二郎に対し、以前二郎の協力で競落により取得した物件である乙山所有の札幌市所在の建物を昭和四八年四月中に代金六〇万九〇〇〇円で売り渡すことが定められていた。)。

(4) ところが、昭和四八年六月、乙山が右物件を売渡す理由がないとしてこれを断ったため、二郎は右賃貸借契約を解除したうえで、営業中の右美容院を施錠してしまい、更に新たな紛議を生じることになった。

そこで、右紛争の解決のため、同年七月一八日、乙山とその代理人である東由明弁護士、二郎とその代理人である村部芳太郎弁護士が話し合った結果、次のような内容の和解契約書が二郎と乙山との間で作成された。

ア 前記(3)の賃貸借契約が同年六月二三日解除されたことを乙山は認める。

イ 二郎は右明渡しを昭和四九年三月末日まで猶予し、乙山は右明渡しまで賃料相当損害金として一か月金一万五〇〇〇円を支払う。

ウ 二郎と乙山とは右以外に一切の債権債務が存在しないことを確認し、本和解契約について即決和解にすることを同意する。

そして、右ウの条項にもとづき、昭和四八年七月二八日、札幌簡易裁判所において右和解契約と同内容の即決和解が成立した。

(5) しかし、乙山は、前記即決和解後、紛争が自己に不利益に解決されたのではないかと不審に思い、同年一〇月二九日に原告の法律事務所を訪れた。

原告は、乙山の相談を受け、事情を詳細に聴取するうち、乙山のおかれた境遇に深く同情するとともに、乙山の紛争の相手方がたまたま原告のかつての受任した事件の相手方当事者であった二郎であることを知り強い憤りを覚えるに至った(原告は、昭和四一年に、原告二郎、被告辛崎梅子間の札幌地方裁判所昭和四一年(ワ)第二二七号家屋明渡請求事件の被告訴訟代理人を受任したところ、右事件の訴訟活動を通じ、二郎が金銭欲に強く奸智にたけた者で法律を悪用しては借家人等の弱者をいじめて蓄財をしてきた人物であるとの認識を強く有するに至っていた。)。

原告は、前記(4)ウの和解条項があるとしても、乙山は二郎に対して貞操侵害の不法行為にもとづく慰謝料請求権を有するものと確信し、同日の夜七時ころ二郎にその旨架電した。

そして、原告は、二郎からはかばかしい回答を得なかったため、請求原因1(二)記載のとおり、二郎にあてて昭和四九年一月八日付、同年二月六日付の二通の内容証明郵便を、二郎の親族Aほか一二名に対し同年二月二六日付配達証明郵便等をそれぞれ郵送した(この事実は当事者間に争いがない。)。

以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  そこで、原告が二郎及び同人の親族ら一三名に対して内容証明郵便等を発送したこと(請求原因1(二)記載事実)が法五六条一項に規定する懲戒事由に当たるかどうかについて検討する。

ところで、右判断の前提問題として、原告は、弁護士に対して一般の職業とは異なった特段の品位を要求する法五六条は法の下の平等を保障する憲法一四条に違反する旨主張する。

しかしながら、法五六条が、他の職業とは異なり、弁護士に対し特別に品位の保持を期待していることは、弁護士という職業のもつ高度の専門性及び倫理性、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという社会公共のための使命の重要性、職務の社会性等に照らし合理的理由があることであるから、同条が憲法の平等原則に違反し無効であるとは到底いうことができないものである。

ところで、法五六条以下に規定する弁護士に対する懲戒の制度は、弁護士会(日本弁護士連合会を含む。)の自主性、自律性を重んじ、弁護士に対する指導、監督作用の一環として設けられたものであるから、ある事実関係が法五六条一項所定の弁護士に対する懲戒の事由に該当するかどうか、該当した場合にどのような懲戒をするかについては、当該弁護士会が、その裁量権にもとづき、前記の弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸事情を総合的かつ合理的に勘案して判断すべきものであると解するのが相当である。

そして、前記認定のような経緯・経過によれば、原告が前記内容証明郵便等による通告を行うについては、原告が過去に二郎を相手方当事者とし訴訟代理人として活動をした経験及びその際の同人についての認識にしたがい、同人が法律実務にある程度通じているところから通常の方法によったのでは早急には要求に応じないのではないかとの危惧があったものと推認されるが、〈証拠〉により認められる本件内容証明郵便等の送付を受けた二郎及びその親族の動揺ないしは苦痛及び諸般の影響に照らしても、原告の送付した内容証明郵便等は、その文章の文面、措辞、文書送付の相手方の選択・範囲等において著しく妥当性を欠き、正当な弁護活動の境域をこえるものであり、右各文書による通告は、それ自体、法五六条一項所定の懲戒事由である弁護士の品位を失うべき非行に当たると解するのが相当である。

原告は、被告が本件議決書中において、原告の二郎に対する所為が同人に対する恐喝的行為に、同人の親族らに対する所為が右親族らに対する強要的行為にそれぞれ該当すると判断した点を不当として非難するけれども、前掲各証拠に照らして、原告の右各所為は刑法上の犯罪を構成する可能性がないとはいえず、前記認定の文書を発送するに至る背景事情を考慮しても、なお原告の右各所為が弁護士としての業務上の正当な行為であるということは困難であり、被告懲戒委員会のこの点に関する判断は相当として是認することができるものである。

さらに、原告は、原告の右各所為が弁護士としての品位を失うべき非行というかどうかは別としても、所属弁護士会の信用を害したことはない旨主張する。しかしながら、原告の各所為が右のように弁護士の品位を失うべき非行に当たると解される以上、原告個人の弁護士としての非行を通じて当然に原告が所属する原弁護士会全体の信用も害されるに至ったものというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

2  原告に対する処分の相当性について

原告は、本件処分はその結果の発生及び他の事案と比較して過重であり憲法一四条一項の定める平等原則に違反する旨主張する。

しかしながら、前記1(三)のとおり、どのような懲戒をするかについては、弁護士会がその裁量権を行使して総合的かつ合理的に判断すべきものであるところ、原告の前記各所為が弁護士の品位を失うべき非行に当たるとの判断のもとに、前記各所為につき原告を懲戒することとし、原告に対し、法五七条二号所定の期間内である六か月の弁護士業務の停止を命じた本件処分には、他の事例に比較して過重であると認めるに足りる資料はなく、裁量権の範囲をこえ、又は裁量権を濫用した違法はないというべきである。

そして、本件処分は、被告が右のとおり裁量権を適法に行使した結果なされたものであるから、その処分内容が憲法一四条一項の平等原則に違反するということはできず、原告の右主張は理由がなく採用することができない。

なお、原告は、原弁護士会の懲戒処分は、派閥支配の手段として懲戒制度が利用されたものであり、その派閥形成の目的のための手段として「退会命令」という重い処分がされたものであるのに、本件処分がその処分内容に影響されて「六か月の業務停止」という重い処分とされたのは不当である旨主張する。

しかしながら、原弁護士会の懲戒処分について、原弁護士会内の派閥勢力が具体的に介入し原弁護士会の懲戒権利を濫用したことは、これを認めるに足りる明確な証拠がなく本件全証拠によってもこれを認めることができないし、前認定のとおり、本件処分は被告懲戒委員会において更に事案の実体について適法公正な審査を遂げ独自に本件処分を議決したものであって、本件処分について、原告が主張するような不当をうかがわせる事情は認められないといわねばならない。

そして、本件全資料を検討するも、本件処分が適法であるとの右認定判断を左右するに足りる事実の立証はない。

四  以上の次第であって、本件処分には原告が主張する違法事由は存在せず、本件処分は適法であるというべきであるから、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉卓哉 裁判官 大内俊身 裁判官 土屋文昭)

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